〜哲学の小径:充実した人生を生きるために〜

エンパワメントフィロソファー
ひぐちまりです。

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ライブ配信、やります!
11月13日(日)10時30分〜

テーマは
「脱! セミナージプシー。
 学びを成果に繋げるには?」

【下記にて質問募集中】
あなたの質問、お待ちしております!
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSe659CA699w2JVzlRbFNMPNBqX61qMSNES3GtO7bVO4bVYzWQ/viewform
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2回に渡って
93歳の母のことを書きました。

まだまだ多くの人から
感想をいただいて、驚いています。

「まりさんのお母様を勝手に師匠と呼びます」
「私、考え方を変えなくては」
「そんな風に生きられたら最高ですね!」
などなど。

母と一緒にいて
ふと浮かぶ言葉がありました。

それは
20世紀最大の哲学書
「存在と時間」の著者
ハイデガーの
「死への先駆的覚悟」という言葉

ハイデガーは
人間は、本来の自分を生きることなく
「みんなの中」で得られる安らぎに
逃げてしまう
、と言っています。

多くの人は
本当に自分らしく生きるのでなく、
不安から逃れるために
「みんな」に合わせて埋もれてしまい、
誰とも「交換可能」な存在として
生きている、と。

つまり、
大衆社会のぬるま湯に浸かり、
自分自身の存在を忘れてしまった人達。

そして、なぜそうなってしまうかといえば
「死へ向かう存在」である不安から
目を背けるためだと。

そしてハイデガーは語りかけます。

「自分が死へ向かう存在であることを
直視せよ」

この姿勢のことを
ハイデガーは
「死への先駆的覚悟性」
表現しました。

死を引き受けることを覚悟することで、
私たちは「何者でもないみんな」から抜け出し、
本来の自分(実存)に立ち戻れる。

いつか必ず訪れる
「死」について考えることで、
一瞬一瞬の「生」が輝くのだ
と。

人間が死ぬ存在であることは
誰もが知っています。

そして、
自分も人間である限り、
いつかは死ぬことを知っています。

ではなぜ、多くの人が
今やるべきことを先延ばしにし、
やりたいことを後回しにし、
文句を言って生きるのでしょうか?

そういう人たちを見ていると、
200年でも、1000年でも永遠に生きるとでも
チャンスはまたいつかめぐって来ると
思っているのだろうか、と
不思議です。

93歳の母は
これまでたくさんの人の
死に向き合ってきました。

母よりも若くて死ぬ人も、
たくさんいました。

そして、93歳という年齢の今、
まさに、死と向き合い続ける日々です。

一緒にいて
葬儀の話なんかもしますから。

「遺影には、この写真を使ってね。
 美人に撮れているでしょう?」
と、嬉しそうに写真を見せてくれます。

でもね、
「いつ死が訪れるかわからない」のは
93歳の母だけでしょうか?

私たちは、もう、何度も何度も
震災や事故のニュースで
今日「またね」と別れた人と
二度と会えないこともあることを
知っています。

それが自分に起きない保証はありません。

私は自分が63歳になって
夫が76歳になって
母が93歳になって
本当に「死」が身近です。

哲学を学ぶことで
「死」が絶望でなく
希望になった
ことは
大きな成果の一つです。

だからこそ、精一杯生きようと
いつ終わりが来ても
悔いのない人生を生きようと
ありたい自分で人生を全うしようと
そして
世界をエンパワメントし続けるのだと

毎朝、毎朝、神棚に手を合わせ
宣言をします。

あなたは
「みんな」の中に
埋没していませんか?

自分らしく、自分の人生を
生きていますか?

●どんな時も、最高の自分を発揮する為に必要な「セルフエンパワメント力」の鍛え方を公開

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