エンパワメントフィロソファー
ひぐちまりです。
———–ライブ配信のお知らせ———–
4月21日(金)21時〜
テーマ
「ChatGPT時代に必要な力とは?」
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結果は行動によって生まれます。
行動しなければ結果は出ません。
結果が出ないのは、
行動していないという単純なことですが、
ここに「自信」が絡まると、話が複雑になります。
「自信のない」ことが
行動できない理由となり、そのことを悩んだり、
「自信がない」ことを解決することに時間を使ってしまう。
そしてますます行動から遠ざかっていく。
矛盾していますよね?
必要なのは、行動なのに。
私たちは無意識に
自信について「自信のあるなし」という
二項対立に優劣関係をつけ、
「自信がある」事を良しとし、
「自信がない」ことはダメだとします。
「自信がある」も「自信がない」も
体の感覚と過去の記憶でしかないのに。
そして、やったことがないことをやろうとする時
「自信がない」という感覚があるのは
ある意味、当たり前です。
だから自信がない時に
「ああ、自信がないなあ。
さて、何をしよう」とすればいいだけなのに、
「自信がない」という、本来は問題でないことを
わざわざ問題にして
行動が止まってしまうことのほうが問題です。
知のテロリストと言われる
哲学者ジャック・デリダは
「二項対立の優劣関係は反転可能である」
ということを論理的に示しました。
この「自信のあるなし」でいえば
「自信がある」ことはダメで
「自信がない」ことが良いことになるということです。
私はプレゼンが上手だと言われることがあります。
自信があるからでしょうか?
いえ、自信がないからです。
自信がないからこそ、
並大抵ではないレベルで周到に準備をします。
哲学を学んで手に入れたのは、「自信」ではなく、
「自信という亡霊に
惑わされなくなった自分」でした。
哲学により
メタ認知力を鍛え、俯瞰して見る力がつけば、
感情や妄想に流されなくなります。
自信があろうが、なかろうが、
行動できる自分になります。
「自信がない」から止まる人がいます。
「自信がない」から行動する人がいます。
自信は関係ないんです。
哲学を学ぶとわかってくることは
人生に真実などなく、
自分で勝手に解釈しているに過ぎず、
世界は、自分の捉え方に現れるということです。
「自信がない」ことを問題にし、
行動しない理由にできます。
一方で、「自信がない」
ただそれを受け入れ、行動することはできます。
あなたはどっちを選びますか?